量産効果を上げるために

前回述べたようなことは、結局秀れた部品メーカーを育成することをおこたり・・・


部品を内製する事業部そのものの技術力や品質をレベルアップすることを忘れさせ、部品についても大ロットでの生産だけを強調するようになりました。


また内製化したものであれ、外注したものであれ・・・


部品はいつも大ロットで大量に購入、納入され、自動車工場の中は倉庫と見まがうばかりの部品の山でした。


わたしも、1978年当時のアメリカの自動車工場を見て、部品の在庫が山のように、しかも乱雑に置かれているのに驚いたことがあります。


短期的コスト削減にあれだけ熱心だったビッグスリーが、工場の部品在庫の山には無関心だったというのは矛盾するようですが・・・


量産効果をとことん上げるには、大量見込み生産による作りだめがむしろ必要だという判断が、このような日本ではとても考えられない情況を生みだしたといえるでしょう。


このほかにも、ビッグスリーの凋落現象を示す傾向として、ビッグスリーはアメリカの企業の中でも抜群の巨額の利益を上げていながら、工場の新設や増設、設備の更新投資・・・


さらには革新的な技術開発投資にはあまり積極的でなかったことがあげられます。


こうしたことはいつも中古車情報をチェックしている車好きの方ならきっとご存知でしょう。

品質低下の理由は・・・

ワーカーのモラルが低下し、かつこれを管理する人々のワーカーの能力に対する不信が強まると、やたらに検査項目がふえます。


いくら専門検査員をふやしても十分な対応ができなくなります。


その上1960年代になると、市場拡大に沿ってこれまでの大型車はつくりつづけながらも、コンパクトカーなどセカンドカー需要目当ての新しい車型がふえ・・・


また同一車種でもいろいろなバージョンがふえてきました。


これらのものを増産することにのみ力が注がれたので、全体としてビッグスリーの体質が粗製乱造の車づくりを容認する風潮となりました。


こうして品質についての基準そのものもずさんなものになっていったのです。


スケールメリット至上主義と、短期的利益追求のための目先のコスト削減重視の風潮が、品質を低下させるこのような傾向に拍車をかけました。


品質が低い車は、中古車情報サイトでももちろん需要はありません。


・・・このほかビッグスリーの部品生産は、これまたスケールメリット至上主義のために、大ロットで生産すれば儲かる部品は極力内製し、垂直的統合の効果を狙うようになりました。

粗製乱造

いかに大勢のインスペクターを配置しているかということ・・・


それにたくさんの検査項目をチェックしていることとを彼は強調したかったわけです。


これは品質管理は専門の検査員でやるもので、現場のワーカーは関係ないという考え方のあらわれです。


これに比べて日本の自動車工場では、品質は工程でつくりこむといわれるように、工程ごとに品質を保証するというやり方が徹底しています。


現場工程での検査は必要に応じて現場の組長などがこれを行い、ごく重要なチェックポイントにごく少数の専門検査員が配置されているにすぎません。


また前工程が後工程に品質を保証していくしくみになっているから、最終組立が終わってからの検査ラインは短く、これまた少数の検査員が配置されているにすぎません。


だから日本車は新車、中古車問わず世界中から需要があるのです。


このような品質管理体制そのものの抱えている問題点も、ビッグスリーで働くワーカーのモラルが高く、専門検査員がきちんとした検査をやっている限りは問題が表面化しませんでした。

アメリカ型生産システム

フォードシステム以来のハイスピード、ハイボリュームのアメリカ型生産システムでは、ラインスピードを上げ、量産効果を出すためには作りだめは当然とする考え方がありました。


このため、生産性をあげるためには少々の欠陥品が出るのは仕方がないとし、品質を一定水準に保つには検査を厳重にすればよい・・・


要するに欠陥品は検査ではねればよいということになってしまいました。


欠陥品や不良を生むのは、当然現場の工程内での欠陥作業や作業上のミスです。


本来ならばそれぞれの工程で問題を発見し、解決策を見いだしていく工程内での品質保証が基本でなくてはなりません。


いくら中古車情報システムもまだなかったような時代とはいえ、これではひどすぎます。


・・・しかしアメリカでは、単能工化した現場のワーカーにそのようなむずかしいことは要求できない、というよりむしろ彼らの能力をそこまで信頼できないということで・・・


現場にもまた最終の検査ラインにも、たくさんのインスペクター(検査員)を張りつけて厳重な検査ではねるようにするやり方が一般化していました。


たとえばわたしが1978年に訪れたクライスラーのデトロイトにある組立工場では、工場長に品質管理の体制について質問したところ・・・


この工場では一交代で2000人の従業員に対して100人もの現場にはりついたインスペクターがおり、そのほかにも組立ラインの後に長い検査ラインがあって、ここにも100人の検査員がたくさんの検査項目をチェックしていると説明しました。


検査をきびしくすればよい

品質水準の低下は、一見労働者がやる気をなくし、かつサボることばかり考えていることから由来しているように見えます。


したがって、労働者の素質が悪いことが主な原因とみられがちですが・・・


この品質水準の低下は、いうなればビッグスリーが行ってきた、単能工による単純作業を絶対化し、また現場の作業実態を把握していない一部のIEスペシャリストによるエリート主義的管理の、積年にわたる弊害が生みだしたものなのです。


さらにこのことと密接に関連して、ビッグスリーの品質管理水準も著しく低下してきていたのです。


戦前のアメリカ車の品質は、世界でも最高でした。


・・・そして戦後もその伝統は受けつがれていました。


最近の中古車情報サイトなどでも人気を誇っているほどです。


それがなぜ1960年代後半以降、品質水準が低下したのでしょうか。


それは何よりも、品質というものについてのビッグスリーの労使双方の認識がすこぶる甘くなり、品質問題についての現場のワーカーの協力がえられなくなったこと。


それに、品質管理を特定の専門家だけでやればよいとする風潮が職場に蔓延してしまったためです。

"フォードシステム"

フォードシステムによるトータルな流れ作業システムの完成は、職務構造の複雑化と、単能工による単純作業の絶対化と結びつきました。


・・・このような現場作業における直接的熟練の排除と、生産工程の管理の特定エリートエンジニアによる掌握と、彼らが集約して作成する作業と生産スケジュールのマニュアルの絶対化は、現場で作業する人々の自分たちの作業についての自主的な作業改善や、創意工夫の芽をつんでしまいました。


・・・その結果、ビッグスリーの工場現場では、かつてフォードのハイランドパーク工場でライン同期化を進めた時代の、積極的な作業改善に向けての意欲は、跡形もなくなってしまったのです。


ビッグスリーの工場は、UAWの強い組織力と交渉力・・・


ならびにその強い経済要求に何とかこたえられるビッグスリーの高い収益性によって、アメリカの他産業に比べ最も高い賃金、社会保障など、有利な条件を確保していました。


それにもかかわらず、1960年代以降、工場ではアブセンティーズム(勤労意欲の低下)が目立ちはじめた。


それはとくに無断欠勤の増加や組立ラインでの飲酒といった形であらわれ、アメリカ車の品質水準の低下を招くことになります。


この傾向はとくに1960年代後半から70年代にかけて顕著となりました。


休日の前後で無断欠勤が増え、働いているワーカーも気持が落ちつかない金曜日や月曜日の車は欠陥だらけだから買うなとまで世間で言われるようになりました。


これはまだ中古車情報が少なかった時代の話です。

ビッグスリーの寡占体制

新技術や新メカの採用は、メカニカルな加工や組立技術の面からも採用しにくいし、経済的コスト採算の面でも大きな投資をともないます。


たとえば、ビッグスリーはブレーキにはドラムブレーキを長く使っていましたが・・・


ヨーロッパや日本の小型車には性能のよいディスクブレーキがいち早く採用され、アメリカ車はこのブレーキの採用が10年以上おくれたといわれます。


これなども、ドラムブレーキに何百万台分の生産設備を投資してしまうと、改めてディスクブレーキに投資するのがたいへん大きなコスト負担になるという理由が非常に大きいのです。


このような短期利益志向と、硬直的なハイボリューム生産システムの絶対化にその根源をもつ革新的技術の停滞は、互いに関連し合っています。


またハイボリューム生産システムの優位性が絶対化されることと、ビッグスリーの寡占体制の形成は不可分ですが・・・


寡占体制といっても、その中でビッグスリーの各メーカー間のシェア競争だけは熾烈であり、そのことがよけい短期利益志向を誘発したともいえます。


また、中古車検索システムが開発されたことも理由のひとつかもしれません。


このような短期利益志向と技術停滞が定着してしまった中にあって、もう一つ大きな問題は、硬直的なハイボリューム一辺倒の大量生産方式が生みだしたアメリカ車の品質水準の低下と、労働問題として新たに登場した勤労意欲の低下でした。


硬直的ハイボリューム生産システム

アメリカでも最近は新入社員の現場実習が始まったといいます。


エンジニアそのものが現場と乖離してしまう状態が、とくにビッグスリーでは目立ったのです。


またデザイン大型化競争が派手に展開された中で、ハリーアールをはじめとするスタイリストたちが、技術開発部門でも主流を占め、自動車のメカに強い真のオートマンは割を食うような風潮も生まれたのでした。


1950年代、60年代と、大型化デザイン競争とセカンドカー需要が拡大するという恵まれた市場環境の中で、ビッグスリーが革新的な自動車技術に不熱心になったことはよく知られています。


これは中古車情報が増えはじめたのも理由のひとつだったかもしれません。


これには短期利益志向ということと並んで、硬直的になったハイボリューム生産の絶対化という構造的な問題が深くかかわっています。


1950年代にビッグスリーの寡占体制はまさに不動のものとなりましたが・・・


それはスケールメリットの競争が頂点に達し、規模の経済性が高く、ハイボリューム生産の能力が高いほど競争力が高いという現実がそうさせたのです。


GMなどは5系列の車種をもちますが、それぞれが最低年間40万台程度・・・


シボレーなどは年間80万台以上も生産され、これだけのハイボリュームの生産を絶えず続けていくとなると、新しい技術や新しいメカの採用には臆病にならざるをえません。

自動車メーカーのエンジニア

ハーバードビジネススクールはじめ多くのビジネススクールには、生産管理や製造についての学科がずっと設けられていませんでした。


1980年代に入って、改めて生産システムや工場管理の重要性がW・アバナシー教授等によって指摘され、はじめてこの分野についての学科が設けられたといわれています。


また技術畑のスタッフのあり方についても、自動車メーカーの中ではいろいろな問題が発生しつつありました。


たとえばエンジニアリングスタッフとして採用された多くの大学卒業者は、ほとんど工場や現場の経験を持たないのが当たり前となっていました。


中古車情報システム開発のエンジニアならいいですが、自動車メーカーのエンジニアなのにこれはマズイですよね。


自分の設計した車がどのようにしてつくられているかとか・・・


また、自分がデータ解析をしている生産管理のデータが、どんな生産工程や現場の生産条件からもたらされているかを知らないエンジニアが、幅をきかせるようになりました。


日本の製造会社では、どんなエリートの幹部候補生でも入社すれば現場実習というものがあります。


エンジニアスタッフでもいつも現場に出入りして、現場の情況をきちんと把握しています。

フォードの再建

戦後のフォードの再建に活躍し、社長になり、やがてベトナム戦争時の国防長官となったロバート・マクナマラ(現世界開発銀行総裁)は、有名なPPBS(プロフィット予算計画システム)方式を活用した人として有名です。


およそ管理システムというもののなかったフォードで、予算と利益の管理をシステム分析する手法を試みて大きな成功を収めています。


フォード社の車は中古車情報サイトなどでも根強い人気を誇っています。


これらの手法それ自体は、複雑な組織体や事業体の利益や予算のシステム分析にきわめて有効ですす。


この手法それ自体が短期的利益志向に結びつくというものではありません。


経営についての明確なビジョンを確立し、その下でこの手法を活用すればよいのですが・・・


長期的視点を欠いたままこの手法だけを絶対化し、それに溺れると、短期的利益極大ばかりを追求する手段になってしまうのです。


またこのようなシステム分析の手法は、分析に用いる数字の本当の生の姿、数字の裏にあるものをしっかりつかみ、見透せないと、単なる机上の数字の遊戯になってしまう恐れが多分にあります。


ビジネススクールでの教育には、明らかにそのような欠陥が目立つようになっていました。


・・・とくにそのような欠陥は、工場とか生産そして開発の現場を知らない人々が、数字だけで管理する風潮を生んだのです。