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2011年05月 アーカイブ

こんにちは。

今日からブログをはじめます!


このブログでは、クルマに関するさまざまな基礎知識、そして最新の中古車情報などを紹介していきたいと思っています。


どうぞよろしくお願い致します。


では最初に、ビッグスリーと呼ばれるメーカーの話からしていきたいと思います。


燗熟期を迎えたアメリカの自動車産業=ビッグスリー。


このビッグスリーが、その恵まれた国内市場における寡占的状態にあぐらをかき、しだいに「停滞現象」があらわれてきました。


行きすぎたデザイン大型化競争に没入するあまり、技術革新をおこたり、小型車の開発と生産を事実上放棄するという形でそれは端的にあらわれていたのですが・・・


1960年代後半から70年代を迎えるにあたって、この停滞現象はさらに顕在化してきます。


ビッグスリーの決定的な凋落は、1979年に始まった第二次石油危機ではっきりするのですが、すでにその前に衰退が始まっていたのです。


戦後の30年余りの期間、アメリカの自動車市場の落ちこみが目立った年は、1952年、58年、61年。


そして第一次石油危機の74年ぐらいのものです。


ビッグスリー凋落の影

対前年比で乗用車だけで年間100万台以上の落ちこみになったのは、1958年と74年だけです。


この間にクライスラーのように、61年頃経営陣の内紛のために利益が大幅に低下したことが例外的にあっても、一貫して欠損を出していないのです。


しかもその中で、市場の規模は乗用車だけで年間600万台ベースから900万台べースにまで拡大しています。


この時期にはもちろん中古車情報も多くなっていました。


このような有利な条件が続いた中にあって、停滞と凋落現象はどのような形であらわれたでしょうか。


しばしばアメリカの企業行動の大きな特徴として、経営者が短期的利益志向に走って肝心の長期的、戦略的な観点にたつ投資や開発をおこたる傾向が強かったことが指摘されます。


この点についてその最も典型的なあらわれが、GMをはじめとするビッグスリーに顕著でした。


・・・たとえばGMでは、経営トップに技術屋出身よりも財務マン出身が幅をきかせるようになりました。


GMはスローンによる管理改革以降、利益管理の厳しい企業です。


それはあれだけ多くの事業部をもち、下手をすると寄り合い所帯の欠陥がいつ露呈しないとも限らないヤンモス企業のGMにとって、当然のやり方だったということはできます。

自動車メーカーの経営者

経営のすべてが冷徹な利益指標というもので評価され・・・


しかも株式市場をにらんでの短期的利益の追求だけをはかっていれば、それでうまくいくというものではありません。


経営者というものは、少なくとも5年、6年先をよく戦略的に見透す先見性をもち、目先の財務指標の根底にあるものをしっかり見据えつつ・・・


長中期的な業績向上のために必要な設備投資や研究開発投資と、短期的な売上高増加やコストダウンのバランスをとる経営の舵取りができなくてはなりません。


これは中古車情報市場においてもいえることです。


ところが財務マン主導の経営というのは、専門経営者としてトップに選ばれると自分の任期中の業績だけを中心に考える傾向が強くなります。


極端な場合年間の利益だけでなく、4半期(3カ月)ごとの利益に一喜一憂するようになります。


・・・つまり短期的な売上げとコストにのみ関心を集中します。


GMでは戦後歴代の会長はほぼ財務マンで占められていました。


自動車の技術畑からのオートマンと呼ばれる人々のトップへの登用は、1967年以降エド・コールの社長就任までほとんどみられませんでした。

財務マン経営の問題点

戦前GMをトップ企業に引きあげたスローンにしても、元来はMIT出身の技術屋であり・・・


ハイヤット・ローラーベアリング社という会社でベアリング製作に取りくみ、この会社がGMに合併されたことでGMに入社した人物です。


それとともに彼は、マーケティングについて並はずれの先見性をもち、GMの利益管理についても十分に通じていました。


しかし、財務数値だけにおぼれた管理をする男ではなかったのです。


また彼が会長になったあとも、社長に抜てきしたのは、かつてフォードにいてGMに移り、シボレーを大成功させていちやく有名になったヌードセンで、こちらはまったくの技術屋だったのです。


戦後の財務マン偏重の風潮はGMだけでなく、GMの管理組織や利益管理システムを導入したフォードやクライスラー・・・


はたまた他業種のアメリカ企業にも広がったわけですが、このような風潮を助長したのが、アメリカのビジネススクール教育だったといわれています。


ビジネススクールでは、高度な財務管理手法を開発し、これが広くビジネス界に活用されました。


もちろん中古車の検索システム業界においても同様です。

フォードの再建

戦後のフォードの再建に活躍し、社長になり、やがてベトナム戦争時の国防長官となったロバート・マクナマラ(現世界開発銀行総裁)は、有名なPPBS(プロフィット予算計画システム)方式を活用した人として有名です。


およそ管理システムというもののなかったフォードで、予算と利益の管理をシステム分析する手法を試みて大きな成功を収めています。


フォード社の車は中古車情報サイトなどでも根強い人気を誇っています。


これらの手法それ自体は、複雑な組織体や事業体の利益や予算のシステム分析にきわめて有効ですす。


この手法それ自体が短期的利益志向に結びつくというものではありません。


経営についての明確なビジョンを確立し、その下でこの手法を活用すればよいのですが・・・


長期的視点を欠いたままこの手法だけを絶対化し、それに溺れると、短期的利益極大ばかりを追求する手段になってしまうのです。


またこのようなシステム分析の手法は、分析に用いる数字の本当の生の姿、数字の裏にあるものをしっかりつかみ、見透せないと、単なる机上の数字の遊戯になってしまう恐れが多分にあります。


ビジネススクールでの教育には、明らかにそのような欠陥が目立つようになっていました。


・・・とくにそのような欠陥は、工場とか生産そして開発の現場を知らない人々が、数字だけで管理する風潮を生んだのです。

自動車メーカーのエンジニア

ハーバードビジネススクールはじめ多くのビジネススクールには、生産管理や製造についての学科がずっと設けられていませんでした。


1980年代に入って、改めて生産システムや工場管理の重要性がW・アバナシー教授等によって指摘され、はじめてこの分野についての学科が設けられたといわれています。


また技術畑のスタッフのあり方についても、自動車メーカーの中ではいろいろな問題が発生しつつありました。


たとえばエンジニアリングスタッフとして採用された多くの大学卒業者は、ほとんど工場や現場の経験を持たないのが当たり前となっていました。


中古車情報システム開発のエンジニアならいいですが、自動車メーカーのエンジニアなのにこれはマズイですよね。


自分の設計した車がどのようにしてつくられているかとか・・・


また、自分がデータ解析をしている生産管理のデータが、どんな生産工程や現場の生産条件からもたらされているかを知らないエンジニアが、幅をきかせるようになりました。


日本の製造会社では、どんなエリートの幹部候補生でも入社すれば現場実習というものがあります。


エンジニアスタッフでもいつも現場に出入りして、現場の情況をきちんと把握しています。

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