日本車との直接競合

アンケート調査による消費者の反応もやはり日本車や中古車検索に対する評価が高く・・・


アメリカ車に対する評価は若干上がってきたとはいえまだ相対的に低く、消費者の不信はなお強いものがあります。


この品質水準の問題は、労働の質もさることながら生産工程における生産技術や生産システムのレベルが大型車の小型化や生産の小型車転換に十分に適合できる形で上昇していないこと・・・


さらに、同じく部品メーカーが小型化や小型車転換に伴う設計変更や各種の技術変化にフォローできない部品生産システムの欠陥が根強く残っていることに起因するものです。


このようなことは、短期間での改善はむずかしいのです。


第三の小型車転換については、GMがJカーの失敗からトヨタとの共同生産のプロジェクトに切換えたことでも分かるように・・・


小型車、とくに日本車と直接競合するサブコンパクト・カーの生産では、デトロイト全体が大きな困難を抱えています。


小型車生産比率の高いフォードやクライスラーでもサブコンパクト・カーはまだコスト的にペイしない状態が続いているとみられます。


これはとくにサブコンパクト・クラスの生産ではデトロイトの経験が浅いこともあって、有効な部品の生産と供給の体制が整っていないことが大きく響いているからです。

デトロイトの回復

1978年、デトロイトは1985年の燃費規制完了まで約800億ドルの巨額の設備投資を行うとしました。


これらの投資は過去の治工具類中心の投資でなく、新工場や新設備、研究開発への投資です。


レーガン政権のもとで投資減税が実施されているとはいえ・・・


これだけの投資を償却していく負担は決して馬鹿になりません。


現にGMの治工具類を含めた償却負担は82年には77年の倍に増大しました。


また1985~90年にかけて、デトロイトは競争力格差解消のためにもう800億ドルの投資が必要になるといわれてもいます。


第ニの品質水準については、大幅に改善されたとはいえ、依然としてリコール件数が多くありました。


さらに、GMのXカー初め、何年間かにさかのぼってではありますが延べ何十万台とか100万台水準に上るリコールが依然として後を絶たないのです。


ホンダ 中古車が頑張る日本の体質では考えられませんね。

米自動車メーカーの収益の回復


第三点として、小型車転換が未定着であるために、小型車の品質と生産性という日米間の競争の主要舞台で完全に対抗できる展望をデトロイトがもつに至っていないことも見逃せないのです。


まず第一のこれ以上の生産性とコスト格差の縮小には、一つは今後のUAWとの労使関係が当然のことながら大きな意味をもっています。


UAWとしては大量のレイオフ組合員を抱える中で賃金、労働条件などで多くの譲歩と妥協を重ね、QWLなど生産性向上運動に協力してきたいきさつがあります。


今後もこのような路線を続けるかどうかという問題があります。


それと同時に米自動車メーカーの収益の回復によって、当然それなりの見返りとして賃金水準の引上げを強く要求することは確実です。


・・・したがって賃金コストはこれ以上安くならないからコスト負担は当然増大します。


さらにもう一つ生産コストを決定づける大きな要因としてあげなければならないものがあります。


それは1978年スタートした燃費規制に対応して小型化戦略と小型車生産の増強、中古車の検索サイトの増加。


ならびに生産性格差克服の有力手段として行った巨額の設備投資の償却負担増の問題です。


ホンダの中古車について


他のメーカーでも少なくとも2割ないし3割程度の損益分岐点の切下げには成功しているとみられ・・・


このような点を考慮に入れると、かつてはサブコンパクト・カー1台当りで日本に比べ1500ドル前後の差があるといわれていました。


しかし、市場の回復で工場の稼動率がかっての64%から80%以上へとアメリカ産業平均を上回るに至った1983年には、この生産性格差は半分ぐらいは縮まっていたとみてよいでしょう。


それでもデトロイトの体質転換は、日米間の競争格差を完全に埋めるには至っているとはいいがたいもの。


また、ホンダ 中古車などを含む今後の市場動向や競争条件の見通しについても、まだ不確実な要素が強いとみなければなりません。


まず第一に、この数年間については長期不況の苦しい中で必死の合理化とスクラップ・アンド・ビルド的な更新投資を行ない・・・


その効果が市場の回復とともにすぐにあらわれ、日米間のコスト格差は縮小したけれども、これ以上の生産性とコスト格差の縮小は容易なことではありません。


さらに第ニに、もう一つの競争力を規定するファクターとしての品質水準で追付くことがこれまた容易でないのです。


合理化による体質転換


ここで一つの基本的論点となるのは、デトロイトの業績回復が今後もはたして持続するかということ・・・


これと関連してデトロイトの合理化による体質転換は、これで成功したとみることができるかどうかということです。


1983年のデトロイトの業績回復は、何よりも、アメリカの金利低下とインフレ鎮静化によりそれまで買控えられていた自動車需要の回復・・・


そして、回復して増加したこの需要がとくに付加価値が高く、中古車情報の多い大型車(フルサイズとインターミディエイト)に集中したためです。


合理化による体質転換は現在も進行中とみてよいですが、徹底したレイオフによる人減らしと、これまで放置されてきていた生産工程の過剰在庫の削減やQCサークルによる生産性向上と品質管理水準の向上などには力を入れ・・・


そして、老朽化していた工場設備を更新し、ロボット化など新鋭設備の導入と新工場の建設を行ないました。


その結果、『タイム』誌(1983年3月21日号)によると・・・


たとえば従業員数を14万人から6万8000人に削減したクライスラー社のごときは、損益分岐点が年産230万台だったものを年産120万台にまで切り下げることに成功したといわれています。


輸出自主規制とアメリカの自動車産業

1983年のアメリカ自動車メーカー業績回復のテンポは極めて早いものでした。


第二次石油危機以降の4年こしの累積赤字70億ドルを帳消しにしてしまう勢いでした。


・・・またその後の状況をみても、これ以上の自主規制は一見必要なさそうにみえます。


はたしてデトロイトの業績回復は自主規制を必要としないほどの、産業としての体質改善によってもたらされたものでしょうか?


また、今日までの業績回復に自主規制はどの程度貢献したといえるのでしょうか。


この点については、自主規制は、年間40万台もの日本製小型車(ホンダ 中古車なども含む)のアメリカ市場への流入をストップさせたことで・・・


長期自動車不況に悩まされたデトロイトに合理化による立直りの機会と値上げのきっかけを与えたことは確かです。


・・・したがって今後の自主規制の延長は、デトロイトの合理化効果のいっそうの浸透と、予想される大型車の値上げを助ける効果をもっています。


"デトロイトマインド"とは?

要するにビッグスリーは、アメリカという世界一の巨大市場における寡占的支配の上に完全にあぐらをかいてしまっていたのです。


迫りつつある社会環境の変化や、市場動向の変化、中古車の情報の増加・・・


そして、台頭しつつある日本車の攻勢によって生まれようとする競争条件の大きな変化に備えようとしなかったのです。


アメリカの自動車評論家のブロック・イエーツは、このような傾向を評して、デトロイトの経営者たちのもつ、創造性よりも画一性を重んじるデトロイトマインドのせいだとしています。


彼によるとこの画一性は、ミシガン大などの中西部の名門大学か、GMインスティテュートのような業界のつくった学校の出身者が多いそうです。


デトロイト郊外のブルームフィールドヒルズのような地域に住み、個性的なものには一切手出しをせず・・・


お互いに軌を一にしたライフスタイルを好み、出世階段を昇るために、死に物狂いの仕事一途の過酷な人生ゲームを体験する中から身についたものであるといいます。


こういう人生ゲームを体験した人々は、がむしゃらに勤勉ではあっても、その物の見方が孤立主義的で視野が狭く、創造性よりも画一性にとらわれやすいといいます。

自動車メカの開発

前回述べたような傾向は、結局はビッグスリーの短期的利益重視の傾向に結びつくわけですが・・・


スタイリングやモデルチェンジのためのデザインや治工具類には金をかけても、工場や設備については償却額の範囲にとどめ、利益をもっと追加的に注ぎこんで工場や設備を新しくすることはしませんでした。


1980年頃、ビッグスリーの工場の平均年数は30年以上となっていました。


その当時で比較的新しい工場といえばクライスラーの小型車専用工場イリノイ州のベルベディア工場と、GMの世界最初のロボット工場。


ロボット導入と組織改革の失敗による大ストライキで有名になったオハイオ州のローズタウン工場ぐらいのものでした。


ちょうどホンダ 中古車が増えつつあった60年代後半になると、自動車の安全、公害問題が浮上しはじめていたのですが・・・


こういったことに備えるだけの革新的な技術開発の投資はほとんどなきに等しかったのです。


また自動車メカの開発でも、エンジンやサスペンション、足まわり、燃料噴射装置やディスクブレーキなどの開発も、ほとんど自分ではやらなかったといわれています。

量産効果を上げるために

前回述べたようなことは、結局秀れた部品メーカーを育成することをおこたり・・・


部品を内製する事業部そのものの技術力や品質をレベルアップすることを忘れさせ、部品についても大ロットでの生産だけを強調するようになりました。


また内製化したものであれ、外注したものであれ・・・


部品はいつも大ロットで大量に購入、納入され、自動車工場の中は倉庫と見まがうばかりの部品の山でした。


わたしも、1978年当時のアメリカの自動車工場を見て、部品の在庫が山のように、しかも乱雑に置かれているのに驚いたことがあります。


短期的コスト削減にあれだけ熱心だったビッグスリーが、工場の部品在庫の山には無関心だったというのは矛盾するようですが・・・


量産効果をとことん上げるには、大量見込み生産による作りだめがむしろ必要だという判断が、このような日本ではとても考えられない情況を生みだしたといえるでしょう。


このほかにも、ビッグスリーの凋落現象を示す傾向として、ビッグスリーはアメリカの企業の中でも抜群の巨額の利益を上げていながら、工場の新設や増設、設備の更新投資・・・


さらには革新的な技術開発投資にはあまり積極的でなかったことがあげられます。


こうしたことはいつも中古車情報をチェックしている車好きの方ならきっとご存知でしょう。

品質低下の理由は・・・

ワーカーのモラルが低下し、かつこれを管理する人々のワーカーの能力に対する不信が強まると、やたらに検査項目がふえます。


いくら専門検査員をふやしても十分な対応ができなくなります。


その上1960年代になると、市場拡大に沿ってこれまでの大型車はつくりつづけながらも、コンパクトカーなどセカンドカー需要目当ての新しい車型がふえ・・・


また同一車種でもいろいろなバージョンがふえてきました。


これらのものを増産することにのみ力が注がれたので、全体としてビッグスリーの体質が粗製乱造の車づくりを容認する風潮となりました。


こうして品質についての基準そのものもずさんなものになっていったのです。


スケールメリット至上主義と、短期的利益追求のための目先のコスト削減重視の風潮が、品質を低下させるこのような傾向に拍車をかけました。


品質が低い車は、中古車情報サイトでももちろん需要はありません。


・・・このほかビッグスリーの部品生産は、これまたスケールメリット至上主義のために、大ロットで生産すれば儲かる部品は極力内製し、垂直的統合の効果を狙うようになりました。